top of page

購入後のアフターサポート窓口について
お電話でのお問い合わせ
サポートダイヤル:03-6206-0059
電話受付:月曜日〜金曜日(祝日・夏期休暇・年末年始を除く)
受付時間:10:00〜12:00 14:00〜16:00
(弊社での修理・調整は行っておりません。予めご了承ください)
メールからのお問い合わせ
下記お問い合わせフォームからお願いします。
https://www.buyins-jp.com/hobby
※アフターパーツ販売や修理等はRCショップひろさかで行います。
http://www.hirosaka.jp/



やり残した思いを実現するため最強のタッグが再び甦る。
RCカーレーサー広坂正美の父、正明は1987年のIFMARオフロード世界選手権で正美が優勝したことでチャンピオンメカニックの称号を得る。その後、1993年まで4WDクラスで無敗を誇り、95年大会で優勝を逃すものの1997年に王座を奪還。
ところが1999年大会でまさかの予選落ち。2人にとって耐え難い屈辱を味わう。 2001年大会で再度、王座奪還を目指すと誓った親子は勝てる車の開発に取り掛かる。数えきれないトライ&エラーを繰り返した末、完璧とも言えるプロトカーがようやく2001年に完成。しかしながら、同年に起こったアメリカ同時多発テロの発生により大会は延期に。2002年、2003年の大会には参加せず、2004年には正明の独立により親子のタッグが解消される。
二度と日の目を見ることはないかと思われた、幻のオフロードマシンが20年の時を経て復活する。



1987年
IFMARオフロード世界選手権で初の世界王者に

1987年夏、世界選手権で正美が優勝したことで、チャンピオンメカニックの称号を得る正明氏。世界一のメカニック&設計者として長きにわたり君臨する事に。


1997年
97年大会で再び4WD世界王者に返り咲く

正美は95年大会で表彰台を逃すも、97年のカリフォルニア大会では正明がこの大会のために開発した初代MX-4により王座を奪還。再びチャンピオンロードを歩み続けると思われていた。


1999年
世界選手権で初めての予選落ち

フィンランドで開催された99年大会、4WDクラスでまさかのBメイン落ちに。世界選手権において初めて決勝に残れないという屈辱を味わう。


2001年
王者奪還を果たすべく、万全の体制でアメリカへ
数えきれないトライ&エラーの末、完成したMX-4の後継機となるプロトカーを手に9月11日アメリカに出発。奇しくも同日発生したアメリカ同時多発テロの影響により大会は延期に。



2002年〜2003年
出場の機会に恵まれず4WDで雪辱を果たせず
2001年大会の延期により2002年はオンとオフの世界大会が同時開催。オンロードに照準を合わせる為、オフロードの出場を断念。2003年大会もエンジンカーに注力する為、続けて4WDでの出場の機会を逃すことに。



2004年
正明氏の独立により親子タッグの解消へ
2004年正明氏が長年務めたヨコモを退社し、ひろさかを設立。広坂親子のタッグ解消により、開発中のプロトカーは遂に日の目を見る事なく終わる事となった。


MX-4 FOREVER
Features

「世界一の奪還」を目指し、二人の描いた理想を結実させた“Target The 2001 World Championship”モデル。 廣坂正明が設計し正美がテストドライブを務めたシャーシに、百武デザインによる門外不出の正美カラーを施された専用デザインボディ。まさに世界を狙うにふさわしい最高峰の4WDバギー。
あの 屈辱から25年。親子がそれぞれの道を歩み始めて20年。くすぶり続けた屈辱を晴らすため、最強タッグが手がける最後にして究極のドリームカーを100台のみで限定生産。

MX-4 FOREVERとは

90年代に一世を風靡した、
ベルトドライブ センターミッドシップレイアウト
90年代の「勝つためのレイアウト」であったセンターミッドシップ&ベルトドライブ4WD。モーターマウントやプーリーなどは現代基準で再設計され、研ぎ澄まされた超高効率ドライブを実現。


メインシャーシに軽量・高剛性
3mm厚カーボン素材を採用
3mm厚のカーボン材から切り出されたメインシャーシ。強靭な車体剛性が他を寄せ付けない走りを可能に。モーター搭載部にはミーリング加工が施され、モーター位置を極限まで低く搭載可能に。


